この2ヶ月、学校での講義と研修講師の仕事が重なっています。
そんな中、ちょっとしたことから主張することの意味を考える機会がありました。
講義を受ける側と講義をする側。
講師は一緒に学んでいきましょうとは言うが、受ける側からしたら一緒とは言われても一緒にはならない。
やはり受ける側と講義をする側との関係は変わらない。
それをパワー・イン・バランスというのだろう。
ある出来事から、学生(受講者)に「そんなに様々な問題があれば、それはおかしいと主張すれば良いじゃない」と話したところ、それは無理!と。
「そもそも私たちは受ける側だから、講師(先生)の言うことに対して意見を言うこともできないし、ただ従うしかないんです」という言葉が返ってきて、ちょっとビックリしたのです。
学生や受講者は、自身に対する理不尽なことに対して主張できないと言うのです。
彼らと様々な角度で話をし、主張することの意味や勇気を出して話をすること。
自身に対する理不尽な出来事が、自身の人権に関わることであること。
自身の人権を守る戦いが、他者の人権を守る戦いにもなっていくこと。
そもそも、人権を守ることとは、戦うことなんだということを話したのでした。
彼らはどう考えたのかわかりませんが、その後の彼らの顔に明るさが見えてきた人もいれば、曇り加減の者もいる。
私たちは、サーカスの象でないのですから、飼い慣らされて自身の力を使えなくされてしまったり下げられてしまうのは問題ではないかと思うのです。
主張すること。自身の権利を守ること。
私たち専門職はそれを大切にしていかなくては・・・。