内村鑑三は、日本人の傾向を「“深く静かに怒る”事ができない。まことに彼らは“永久に深く怒ること”が正しく崇高なことかさえ知らない」と戒めています。
内村鑑三は大学に入って間もなく原論の中で学んだ人物。
日本の社会事業の先駆者として静かに戦い続けた偉大な存在。
何よりもクライアントのために、庶民のために戦い、悪を憎み自身の正義を貫く姿は私たち福祉の実践者として、忘れてはならないスタンスを行動で示した人。
そしていつも葛藤の中にいる自分にとって勇気や頑張る力をもらえる学ぶべき人の一人なのです。
直情型の私の性格はこの言葉は肝にしみる…。
この言葉を思い起こさせてくれる大切なお店が閉店してしまったのです。
先日、ジョルジュサンドという洋菓子店にほぼ1年ぶりに行ってみると…なんと12月で閉店になってしまっているではないですか。
いつも叔母の割烹まで、若しくは学会事務局までは足を運ぶのですが、そこから先の坂を登るのがおっくうでついつい駅に引き返していたのですが、あのフランスの銃撃事件と国民のデモ行進。そしてフランスが抱える人種の課題からどうしてもフランス好きの私は、フランス菓子が欲しくなり、というか、フランス通でママはちょっと有名な方で本も何冊か書かれている方。フランスの今の状況やそこにある人々の庶民の思いを聞かせてもらいたくて…足を伸ばしてみたら…なのです。
消えてしまったお店を思い返したら、あの内村鑑三の言葉と1昨年前ことが心をチクリと刺したのでした。
もう1昨年のこと。
悔しくて悔しくて、辛い思いをした時に、ある社長さんから「頭にくることもある。居た堪れないことがあって大きな声で怒鳴りたくなることもあるでしょう。私もたくさんありました。ですからよくわかります」と慰めてもらいました。そして「でも先生。今度怒るときは、静かに怒りましょう。怒鳴ってはダメです。静かに怒る方がずっと強いのです」と教えてもらいました。
そしてその帰りに、そのフランス菓子のお店に寄ってクッキーを買い、ママからマドレーヌをプレゼント。そのマドレーヌを地下鉄のベンチで食べたたとき、励ましてくれたあの言葉とママの優しさで、そのマドレーヌは涙でちょっと塩っぱかった。
私の心にとって、とても大切な想い出であり、内村鑑三の言葉が胸にしみる大切な思い出のお店なのです。
あれ以来、“怒りは静かに”と心がけてはいるけれど、相変わらず直情型の性格は時々顔を出す。
元々工業高校出身ですしね。
肩怒らせてオラオラ!と喧嘩っ早くて息巻くのがカッコいいと思っていた時代を生きてきた者からすればね…と、そんな言い訳が通用しなくなってきた歳になって、最初の内村鑑三の言葉は大人になるというよりも、もっとその上の人間になっていくための指針と最近は感じています。
今日は、阪神淡路大震災から20年あの震災の情景は今、神戸に行っても表向きでは震災があったことさえ見えない。
でも、震災を経験した人々の心には生々しくその爪痕は残っている。
そして、さらに20年問題である借り上げ住宅。
当時働き盛りの40代50代の人は60代70代に。
頑張って復興の担い手として頑張ってきた人たちがこの歳で住み替えを迫られている。
さらに当時60代以上の人たちにとっては、今、どんな想いで暮らしているのだろう。
「心に刻まれた事が弱くなっていくこと」辞書にはこれを風化と言うそうです。
どんなに建物が以前以上に綺麗になっても、東日本大震災と合わせて私の心の中で忘れてはいけない風化させてはいけないとあらためて感じるのです。
そして、次元は全く違うのですが、自身に起きたあのできごと。
支えてくれた社長さんの言葉。
地下鉄ベンチで食べたママのマドレーヌ。
ジョルジュサンドが閉店してしまいましたが、あの時の気持ちは、あの時心に決めた想いを風化させないように…静かに…。
つづく…。